「やっほー、蓉子ぉ〜、久しぶりじゃない」
私が待ち合わせ場所に選んだ喫茶店に、少しだけ遅れて佐藤聖はやってきた。
ギリシャ彫刻のような日本人離れした美しく彫りの深い顔立ちに笑みを張りつけて。
「久しぶりね、聖。元気でいたかしら?」
少し微笑んで聖に挨拶をし、少し首を傾げ社交辞令。
面食らったような聖の表情を見てから、私は先に注文していた挽きたてのブルマンに口をつける。
なにかあったのかしら。やだ、もしかしたら私の髪が乱れているのかも。
「な、何よその言い草。まるで蓉子ったら私のお姉様みたいじゃない」
ちょっと不満そうに鼻を鳴らしてみせる聖の仕草はやっぱり変わらなかった。
3ヶ月くらいじゃそう変わることもないか、と小さく息をついた。
けれど、私が聖の姉だったら、ね。
「そうだったら良かったのかもしれないわね」
そう、本当にそうだったらどんなに良かっただろう。辛いことから聖を護っていられただろうか。
本当にそう思った。だって私は昔から、聖の傷つくところなんて見たくなかったから。
だからきっと、聖が傷つかないように気遣ってあげられたと思うのだ。
聖のためにもっとそんな役回りをしてあげられたんじゃないかって――。
「勘弁してよね、蓉子の妹になんかなっちゃったらすごく口うるさく躾けられちゃうじゃない。私は祥子みたいに耐えられないわ」
言いながら聖は眉をわざとらしくしかめて、肩をすくめてみせた。
ああ、そうだった。聖ってこんな感じ。少し会わないだけで実感は薄れてしまうものなのだわ。
忘れていたわけではないけど、遠くなりそうだったものが近づいてきた感じよね。
「随分と人聞きが悪いのね。そういえば大学はリリアンなのよね。やっぱり大学は高等部とは違っていて?」
聖はウエイトレスに私の飲んでいるコーヒーと同じもの――つまり、自家挽きのブルーマウンテンを注文してから、私の質問に対する答えを考え出した。
「そうだなぁ、やっぱり違うことのほうが多いよ。だって蓉子、想像できる?私が「佐藤さん」なんて呼ばれてるの。私は新鮮でマイブーム」
『私の中で』という意味をこめてか、自身の胸に手をあてて、聖は嬉しそうにそう答えた。
あら、聖はもう忘れてるのかしら。私は似たような言葉を3年前に嫌味交じりに言われた覚えがあるわ。
でも、たしかにあれ以来呼ばれてるのは聞いたことがないわね。聖が『佐藤さん』って、確かにちょっと違和感。
「そうね、久しぶりに聞くと聖が「佐藤さん」なんて呼ばれてるのはやっぱり違和感あるわね。私自身は慣れていたから自分のときはそうでもなかったのだけれど」
不思議なものだわね、と顎に指をあてて軽く首をかしげる。
その私を見てか、聖は思い出したようにポンと手を打った。
「ああ、そういえば蓉子は私のことを最初は佐藤さんと呼んでたっけ。私が嫌味を返しても全然へこたれなかったよね」
顎に手を当てて懐かしむように目を閉じる聖。
目を閉じたことによって長く細い睫毛が彫りの深い白い肌により映えた。
目にするたびに見惚れる。彼女のお姉さまがずっと見ていたいと評したのも頷けるというものだ。
「あら、私は教えてもらって感謝してたわよ。江利子なんか知ってて教えてくれなかったんだもの。助かったわ、あなたの嫌味」
そりゃ少しはムッとしたけれどね、と言葉を続けて私は珈琲を一口コクリと飲む。
一瞬ぽかん、としてから聖は直ぐに苦笑した。
「やっぱり、蓉子は紅薔薇さまなんだね。そういう妙に前向きなとこは祐巳ちゃんと似てるよ。あ、どうもどうも」
聖の言葉の間にテーブルに増えた熱いカップが漂う香ばしい珈琲の香りを強める。
運ばれてきた湯気の立つブルマンを引き寄せながら、運んできたウエイトレスの女の子に手を振る聖。
そんな彼女に、いろいろな意味でため息。
「それって普通逆じゃないかしら。祐巳ちゃんがそんな性格だったから紅薔薇一家に加わったというべきではなくて?」
顔にかかりそうになる前髪を後ろに流すように梳いてから、思ったことを言わせて貰う。
もちろん偶然という要素は大きいけれど、だからこそ逆にそれが運命的だと思うのだ。
けれど、偶然なんて言葉は少しばかり野暮ったいから口にはしない。
「そうかも。蓉子が紅薔薇として、姉として、やってきたことは今も祥子と祐巳ちゃんの中で生きてるのね」
私の言葉に同意して、聖はかすかに頷くような仕草と共に感慨ありげに言葉を続けた。
そっか、聖は今もリリアンにいるのよね。でも、そのことは私を安心させると同時に不安にもさせる。
「祥子はあなたから見てどう?あなたは最近も皆と会ってるんでしょう?」
何しろ、同じ敷地内に高等部がある。会う機会は事欠かないだろう。
安心というのはそこ、薔薇の館にいる志摩子や祐巳ちゃんが聖の心の支えになってくれる。
けれど、不安というのもそこなのだ。リリアンにいればいるほど、傷を癒すべき時が流れないまま。
聖はリリアンという鳥篭に守られながら、その中に囚われているんじゃないのか。
それなら、この胸のもやつく感覚はその不安なのだろうか。確信が持てないまま、私は珈琲の最後の一口を飲み干した。
「敷地は同じでも、大学部と高等部は会う機会なんてめったにないよ。祐巳ちゃんにも同じようなこと言った気がするわ」
苦笑しながら言って聖はカップに口をつけた。
考えていたことを中断する。口にしてしまえばそれこそおせっかいなのだろうから。
「でも、私よりは会う機会があるでしょう?」
考えを払拭するように口をついて出た言葉だったが、それは間違いなくその通りだろう。
だってそうでなければ聖の口から私の妹たちの近況を聞くことなんてないだろうから。
「まぁね。でも、祥子とはそこまで会話らしい会話してないよ。見ていてやっぱり蓉子に似てきた感じはするけどさ」
だなんて、肩をすくめて言ってくる。
そして、その言葉で単純にも喜んでしまった私の頬は心なしか緩んだかもしれない。
「そうなの?じゃあ、私はいいお手本になれたのね。なんだか嬉しくなるわ」
喜ぶ理由も本当に単純。
私は目指して貰えるようなお姉さまでいられたということ。祥子が私をお手本にしてくれたということ。
大事な妹に憧れてもらえることほど喜ばしいことはない。
「いいお手本過ぎるよ、蓉子は。蓉子に憧れちゃった祥子も大変だ」
けれど、その喜びに水をさしてくる聖。
髪の毛の先をいじりながら、うっすら笑ってそんなことを呟いた。
「どういう意味かしら」
睨むようにして尋ねる。勿論、本気で睨んでるわけじゃない。
「そのまんまだよ。蓉子はすごい。普通じゃ真似できないよ。多分、蓉子は他の人がすごく悩むようなことでも涼しい顔してやっつけちゃえるんだろうね」
私を羨むようにそこまで言ってから、聖はすこし誇らしげな表情で私を超人のようだと締めくくる。
なんだか照れくさくてテーブルに目を移すと聖が手慰みに空のカップの取っ手を指先で右へ左へと回していた。
「いやだ、それ物凄く私がいかついみたいだわ。それとも無神経ってことなのかしら」
そうよ、超人の代表格のスーパーマンなんていかついイメージしかないのだし。
私の眉がしかめられていくのをみて、聖が口を尖らせる。
「ちょっと蓉子、褒めてるんじゃないの。どうしてそこで怒るわけ?」
別に怒ってるわけじゃないのだけれど、そんなにすごい顔してたかしら。
全然自覚はなかったので、つい頬に手を当ててしまった。
「じゃあ、聖は江利子に綺麗なおでこって言ったらどう反応すると思うの?」
反対にそう尋ねる。ゴメン、江利子――とりあえず心の中で謝っておく。もうくしゃみの一つや二つは出ちゃってるかもしれない。
「そうね、きっと不機嫌になるんじゃない?そうでなくとも複雑な顔にはなるだろうね。ははははは」
複雑そうにおでこを撫でてキュッと音をさせてる江利子の姿でも想像したのかはわからないが、ひとしきり笑ってから思いついたように、ああ、と声を漏らした。
「蓉子の今の気分もそんな感じなわけ?そりゃ失礼しました」
冗談めかして謝ってみせる聖は、やっぱり昔とは変わったように見える。
私が心配しすぎなのか、けれどこれはなんというか。
「と、そろそろいかないと上映時間に間に合わないし、江利子に怒られちゃう。ほら、行こう蓉子」
なんでか。その明るさに胸が締め付けられた。
そのせいか、返事をすることも一瞬忘れて。
「あ。ええ、そうね」
我に返って急いだ拍子に空っぽのカップに腕を軽くぶつけてしまった。
いけない、拾わなくちゃ、でも間に合わない、ああっ!
カップソーサーから落ちたスプーンのカチャン、という音が妙に大きく聞こえる。
「蓉子、今すごく祐巳ちゃんみたいだった」
ポカンとした顔でこっちを半ば呆然と見つめて呟いた。
しかも――ああ、どうか気のせいでありますように――その表情には喜色が含まれているような。
「・・・そうだったかしら」
一瞬、聖が江利子に見えた。その楽しそうな表情なんてほんとそっくりじゃないの。
嬉しそうに目を細めたまま、聖は口を開く。
「珍しいモノを見た気がするわね、蓉子があわてるなんて」
慌てることはしょっちゅうだと思うのだけど、そうね。今みたいに、顔に出てしまうことはめったにない。
「何言うのよ、私にだってそれくらいあるわよ」
だんだん落ち着いてきて、平静に戻る。でも、おかしい。
水野蓉子はいつも冷静でしかいられないのではなかったのか。
「百面相、可愛かったよ蓉子ちゃ〜ん」
思考が飛んだ。聖が私の首に腕を回して頬をつついている。
今は昼で、店内には人が結構いるし、私達は立ち上がってて、すごく目立つのに。
「・・・」
ああ、もうなんて表現すればいいのか。
そんなことはないはずなのに周りの人が全員こっちを見てる気がする。
「・・・」
あわてるのを通り越して表情が凍り付いてしまってる。
「・・・。えっと、ごめん」
凍り付いてる私の表情が般若にでも見えたのか、聖が反省した様子で謝ってくる。
「い、いいのよ、別に。ただ蓉子ちゃんだなんて呼ばれたのは」
小さい頃以来だったから、と聖に告げてレジに向かう。
正直あんな聖は珍しくて、つい顔が緩んでしまいそうだったから。
「あ、ちょっと蓉子。待ってよ」
あなたも慌ててるじゃない、とは言わずにおくことにした。
言わなければもう少しの間だけど、慌てっぱなしの聖を見てられるのだし。
クスリと小さく笑って、私達の本来の目的地である映画館に向かうべく聖の車に乗り込んだ。
「ねぇ、なんで笑ったの?」
運転席に乗り込んでシートベルトをしめながら聖は助手席に乗った私に尋ねる。
「さぁ、何でだと思う?」
人差し指を立てて、問題です、とジェスチャーしてみると聖は額に指を当てて考え出した。
「そーねぇ、江利子が待ち合わせ場所でお兄さま方に護衛されてるかもしれないから?あれ、面白いわよね」
聖がだした答えによって、映画館で現地集合になったもうひとりの友人である江利子がその兄に付き纏われてげんなりしている様が脳裏に浮かんだ。
「ええ、当人たち以外はきっと面白い光景だと思うわ」
そう言って結局本当のところは答えなかった。
だって、私にも良く解らないのだもの。
私は嬉しくて笑ったのだけど、一体何が嬉しかったのかしら。
江利子の家に近い映画館まで行くため、一度聖と待ち合わせ・・・というのは口実で聖と二人で話をしたかったので今までこうしていたわけである。
私のおせっかいは、自分自身でさえ度し難い。
水野蓉子は佐藤聖を救うことができる、だなんて傲慢な思い込み。
大切な友人のためとはいえ、求められてもいないのになぜそこまで焦燥し、世話を焼こうとするのか。
求められてもいないのに自分から手を差し出すなんて、あまりにも『らしく』ない。
それでも手を伸ばしてしまうのは聖の傷つく姿をもう二度と見たくないからだと、昔の答えが心に浮かぶ。
変わっていない聖、羽のような軽さをもつ明るさは同時に、硝子のように透けて脆いままのように思えた。
それが私の杞憂であるなら、それに越したことはないのだけれど。
と、そろそろ目的地に着いたようだわね。
「ほら、ついたよ。車入れる前に蓉子は降りちゃって」
駅ビルの駐車場でスペースに入る直前で止めて、聖は降車を促す。
「ええ、わかったわ」
私は車から降りて、聖が出てくるのを待つ。
ここの駅ビルは一種のアミューズメント施設といった造りになっていて、最上階に映画館があるのだ。
近代的かつ芸術的にデザインされた北棟と、新しくはあるが従来どおりの一般的なビルの南棟が各階二箇所の渡り廊下で繋がっている。
3ヶ月前に駅全体が大掛かりに改装が始まって、終わってみたらこんなアミューズメントパーク張りの駅ビルになっていたというのが顛末であるらしい。
私が久しぶりに集まらないかと江利子に電話で提案すると、江利子は嬉々としてこのことを話してきた。
私は話を聞いたとき、なるほど本当に江利子の食指が動くのも頷けるような造りをしていると、ひどく納得してしまった。
そして江利子側からの提案は『見たい恋愛映画があるからそれを見て、一緒にウインドウショッピングでもした後に食事』というデートじみた内容。
山辺さんとのデートの予行演習を兼ねているんじゃないでしょうね、と邪推してしまうのは私だけではないと思うのだけれど。
私としては聖と、いやもちろん江利子と久しぶりに会いたいという気持ちが強いので、特に内容そのものにこだわりはない。
事前に一度連絡しておいた聖にも再び遊びに行く内容の確認を取ると、意外にも喜んで了承してくれた。
冗談めかして「あれ、両手に花でデートなの?」とか言って笑っていたのは印象深かったわね。
実際のところ、聖のお目当ては映画そのものよりはその後のウインドウショッピングにあるようで、映画そのものにはさしたる興味はないようだった。
と、聖が車から降りてくる。かなりスペースはぎりぎりで出るのにも一苦労しているようだ。
「ちょっとこの軽、寄り過ぎよね。もうちょっと気をつけてほしいわ」
隣に止まっている軽自動車を振り返ってぶつくさと言いながら、聖はハンドバッグを肩にかけた。
「もう、文句言ってないで行きましょ。江利子が待ちくたびれてしまうわよ」
歩き出しながらの私の言葉に、そうね、想像できるわそれ。と苦笑して、聖は私の隣に並んだ。
そして地下にある駐車場からエレベータで一階へと向かう。
「ホント、できたてって感じ。これは結構楽しめそうだわ」
エレベータの内装は汚れひとつない白、階数の表示も綺麗で正に新造。ボタンの明かりも曇りひとつなく輝いている。
古さが醸しだす良さと言うのも好きなのだけれど、やはり新しいものは純粋に綺麗だから好きだわ。
「そうね、エレベータからして綺麗だもの。ビルの中を歩き回るだけでもずいぶんと面白そうよね」
一階は風通しの良いショッピングモールになっていた。北棟と南棟のしきりがなく、開放的な空間で買い物が楽しめるようになっている。
中央ホールには噴水や前衛芸術的なオブジェがおかれ、その周囲に色とりどりなパステルカラーの樹脂製のベンチが配置されている。
床には四角い暗色の石が敷かれているため、パステルカラーのベンチとのコントラストが良く映えている。
北棟側は外壁部の約半分が硝子張りで上の各階は外壁側からせり出しているようなつくりの床になっている。
基本的には1階から天井まで吹き抜けで、棟全体の開放感を強めて明るさを増している。
ちょっとした空中庭園って感じだわ、感服、おそれいったというところかしら。
全面改装したというこの駅ビルは想像以上にアミューズメント施設さながらだった。
「すごいわね、ここは。思わず圧倒されてしまうもの」
つい口に出して呟いてしまうほど。
お洒落な内装と開放的なまでの広さ、そして・・・。
「うん、このショッピングモールもすごいけど、それ以上に人もね」
そう、人。
聖の言うとおり、本当にすごいのは混雑っぷりなのだ。
新装したこの施設は前評判も相当なものだったらしく、ただでさえ人の入りが良い上に、梅雨時の晴れた日曜日というのは貴重なものだし。
老若男女問わず大勢の人が楽しそうに歩いており、家族連れも少なくない。
風船や人形を持った子供を連れた家族の姿、腕を組んで幸せそうに連れ立っている恋人達の姿、面白そうに話しながら同性のグループで歩いていく人々の姿。
上品そうな老人がゆったりとショッピングを楽しんでいる姿も目に映った。
「本当にアミューズメントパークのようね。皆とても楽しそうだわ」
人が思い思いに空いた時間を楽しむことのできる駅、ね。これからは増えていくのかしら。
「映画館だけじゃなくてゲームセンターとかもあるみたいよ?別棟だけれどスケート場もあるみたいね」
エレベータ乗り場においてあった施設案内のパンフに目を通しながら聖がそう言った。
「・・・アミューズメントパークそのものじゃない、駅のほうがおまけみたいなものだわ」
どちらかといえば、わざわざ時間を空けて楽しみに来る駅、ってことになるわね。
「映画館、入れなかったら笑えないわね」
この混雑を見れば聖の不安も当然のもの。でもそれは杞憂なのよね、実は。
「それは大丈夫よ。ここの映画館は席の予約ができるもの。前もって江利子が予約を入れているはずよ」
そんなふうに他愛もない話をしながら、私たちは最上階に上るエレベータに乗った。
1階から上の階に行くエレベータは北棟と南棟の両方に二機ずつあり、北棟側のエレベータは外面のほとんどが透明な強化プラスチック製。
吹き抜けに広がる空中庭園状態になっている北棟をそこから眺めるという趣向はなかなか乙だった。
最上階に着くとすぐにチケット売り場が目の前にある。
なるほど、階のほとんどが吹き抜けになっていて床の面積が少ない北棟側では映画は上映できない。
それでこっちの棟は売店メインということなのね。グッズ販売の店やら、ちょっとした軽食を売る店やらが立ち並んでいる。
映画館のチケット売り場の前で待機してるのは酷く憔悴しきった様子の江利子と、それを護衛するようにとりまく彼女のご父兄の姿だった。
相も変わらず、送迎だけで折角の休日をふいにするほど江利子を溺愛してるわけね、あのご父兄は。
大切に思われているのね・・・いえ、だからこそ江利子はここまで憔悴しきってるというのもよくわかるのだけれど。
ご父兄が終始あの様子っていうのは、なんというか、傍から見てる分にはすごく面白いわね。
「や、江利子。ごきげんよう、小父さま、お兄さまがた」
聖が嬉しそうに笑いながら、江利子とご父兄に挨拶をする。
聖がこういう表情している時って誰かをからかう算段を踏んでるときか、楽しみにしてることがあるときなのよね。
そう、ちょうど子供が悪戯を思いついたときのよう。
「ごきげんよう、江利子、小父さま、お兄さまがた」
聖に続いて私も江利子とご父兄に挨拶をした。
「やぁ、こんにちは。いつも江利ちゃんがお世話になってるね」
二番目のお兄さまがまじめそうな笑顔で返事をする。
「こんにちは、蓉子ちゃんも聖くんも久しぶりだね」
なぜか私と聖を呼ぶ呼び方が違うおじさまもそれに続く。
「久しぶりだね、二人とも。弟も来られればよかったんだけど、仕事でね。よろしくって言ってたよ」
がっしりした一番上のお兄さまが挨拶の後に、弟が来れれば良かったなどとは微塵も思っていない様子でそう言った。
「ごきげんよう、二人とも。・・・さ、お兄さまもお父さまもお帰りになって」
かなり不機嫌に突っ放した口調で、慇懃無礼に家族に帰るように促す江利子。
「帰りには迎えに来るからね」
「欲しいものがあったら言うんだぞ」
「じゃ、江利子のことをお願いします」
素直に従って、口々に言うご父兄。
「ごきげんよう」
私たちの挨拶を聞き終わるともう、それは速やかに撤収していった。
久しぶりに会ったけれど、本人だったら辟易するほどの溺愛を再確認できたわね。
「さっさといってよ、もう」
げんなりしているような、疲れてるような、とにかく煤けた声で言ってため息をつく江利子が印象深かった。
つづく
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