暗闇に包まれた街があった。
壊れた家。枯れた木。動物の死骸。
その街に生気は無く、無気味な静けさを守り、ただそこには闇が広がっていた。
ただ私の足音だけが響いた。
妙に自身の足音が反響するのに恐怖さえ覚える。
此処に来た目的も忘れてしまう、闇に向かい歩くだけで呑まれてしまうかのよう・・・。

「寒い・・・。」

ふと口にしたその言葉で我に返る。
吐く息は白く、防寒具に身を包んでいても手が悴んでいる。

「ここら辺のはずなんだけど・・・。」

震える手でポケットから地図を取り出し、現在位置を確認した。
辺りを見回す。
丘の上の高台に目的の物はあった。
ゴーストタウンと化したこの街で、唯一明かりの灯る屋敷。
二日前、この街を調べていた私の部下との通信が切れた。
そこの屋敷に入った途端、通信は途絶えて一夜明けても戻ってこなかった。
腰に携えた大剣に目をやる。

「戦う事になるかも・・・・か。」

華奢な体には似合わぬ大剣。
これまで彼女は幾多の敵を剣で切り伏せてきたが今回の任務は何か引っかかりを覚える。
これといった理由があったわけでもなく、彼女の勘が不安を告げていた。
屋敷に向かう足取りは重い。
背後をから監視されているような違和感。
誰も居ないはずなのに、誰かがそこに居ると感じる矛盾。
その感覚に恐れ、歩みを止め、また歩き始める。
何度その行為を繰り返しただろうか。私の目の前に目的の物はあった。
鉄作りの錆びた扉に手をかける事を躊躇する。
もしこの中にこの街を、この惨状に追い込んだモノが在るのなら、それは。

「・・・・・私の倒すべき敵。」

そう口に出すことで雑念を払い、扉を開けた。
暗闇に慣れた目を突然の光が視力を奪う。だがそれも一瞬。
感覚を研ぎ澄まし、周りに気を集中させる。
血生臭さを感じ、身構える。
刹那、異空間に入ったような感覚。
しかし、周りに生物の気配はない。
一瞬にして先ほどまでとは空気が変わった。
血生臭い匂いも消え、清楚な空気になった。
目に光が戻る。

「今度も一人かぁ。」

背後で子供の声がした。
気配がないはずなのに、いや、気配がないのは今でも同じだ。

「―――――っ!」

振り向きながら前方へ飛ぶ。と同時に剣も振り抜く。
が、そこには誰も居ない。

「こっちにおいでよ。」

頭に直接響く感覚。
その声は小さく落ち着きをもった声で、屋敷の奥から聞こえてきた。
辺りに目をやる。
外からは想像出来ぬほど、綺麗な造りをしていた。
白のタイルと茶の絨毯。埃すら落ちていない綺麗な所に一時心を奪われる。
此処は優雅なクラシックの曲が似合うだろう。不思議と心が落ち着く感じがした。
そのためか、先程より多少なり足取りは軽くなった気がする。
屋敷の奥へ入るが内装が乱れた様子は無く、あまりの綺麗さに逆に怖れを感じる。
自分の足音しか聞こえぬその空間に精神が切なさを覚え、悲しみを訴える。
心に穴が開いてしまうかのような、息苦しさ。
それは、緊張か。恐れか。苦しみか。
心臓の音も確実に早まり、大きくなる。
いつの間にか、あれだけ白かった空間も薄暗くなってくる。
単に電灯が蝋燭になっただけとはいえ、がらりと雰囲気が違ってしまう。
飾り物の鎧の像も今にも動き出しそうな錯覚。
一つだけ、この綺麗な内装とあまりにも場違いな扉があった。
木造で腐食が進み、取っ手の部分は錆び、今にも崩れそうな朽ち果てた扉。
ふいに中から笑い声が聞こえた気がした。
気のせいかもしれない。そんな小さな笑い声が。
扉に手をかける。
少し押しただけでも壊れそうなその扉は、ギィと音を立てて開いた。
一面白く、蝋燭だけで薄暗い部屋。
その中央。

「やっと来た。」

こちらを振り向き、虚ろな――あたかも心を奪い去るような瞳をむけて。

「―――ふぅ。」

とても無邪気に友達と遊ぶ、そんな笑顔で。

「待ってたよ。」

あどけなさを残す少年がそこに居た。





ただ、何をすることもなく空ばかり見上げる日が続いた。
夜明けを眺め、雲を追い、星を数える。
ただそうして、時間だけが過ぎていく。
下は見たくなかった。
荒れ果てて見る影もない街。
大好きだった街がこんな姿になっってしまったのは心が軋むように痛い。
こんな街を見ていたいとは思えない。
だから見るのは空ばかりだった。
雨が降る日は空さえ見上げず、部屋の中で寝て過ごした。
夢に見る昔の街のにぎわい。
笑顔があふれ、活気があり、苦しくも楽しく過ごす人達。
夢を見た日は涙が頬を伝う。
悲しさよりも、心の何かが抜け落ちてしまった空虚な感情が心を占める。
果て無き後悔。小さな拳を握り締め、守れずに消えた人たちを想う。
何がこんなに苦しいのか。
原因は分かっているのに、認められない。
認めて解決するのか分からない。
認めてその心に来る痛み。
耐えられるか分からず、恐れ、苦しむ。
この抜け落ちたところが何より痛い。
雪の降る日だった。
街に人の気配がして窓際に行く。
荒れ果てた街並みに動く影。

「・・・人だ。」

口に出す。
久しぶりに聞いた自分の声は枯れていて、まるで別人のようだ。
この街への来客は何年ぶりになるだろう。
自分にだけ分かる空間の歪み。
生き物が外から入ってきた時にだけ生じる歪み。
恐れか、愉しみか。高揚してしまう気を落ち着かせるかのように息をする。
笑ってしまいそう。
人と会うことが嬉しいのか、怖いのか。自分自身にも分からなかった。
その人間は、彷徨いながらも確実に此処を目指している。
心臓の鼓動も次第に大きくなってくる。
その人間がこの建物に入るのも後数秒。

「・・・出迎えなきゃ。」

そう口に出すと、玄関まで急いだ。
扉一枚隔てての対峙。
あちらも緊張しているのか、気配に揺れを感じる。
その揺れも収まり。
ギィ
扉が開く。
息を呑み。目の前に居るのにもかかわらず、息を殺した。
目の前に立つ人の影。
その手には光る1メートルほどの長さのものが握られている。

「こんばんは。」

などと僕は間抜けな事を言った。

「は、はじめまして・・・。」

悲しく響く。
当たり前だ。相手にあるのは友好的な気では無い。

「問う。」

相手の声は、冷たく、乾いた声で。

「貴様は何者だ。」

などと紡いだ。
何だろうか、この込み上げる感情は。
期待を裏切られた感じがする。
涙が溢れそうな、悲しい気持ち。

「答えぬのなら敵とみなすぞ。」

敵対する気持ちは無いけど、言葉が見つからず、ただ一言。

「そう・・・。」

自分でも驚くくらい冷たい響きで、そう言った。

「私はレン。レン・アトラウス。」

不意にその人は名を名乗った。

「?」

あまりの唐突な言葉に動きを止める。

「いくら敵といえど、名を名乗らずに斬りかかるのは失礼であろう。」

何を言って良いか分からずに

「行くぞ。」

俯いて目を閉じ涙を流した。
タンッ
地を蹴る音がする。
何故、言えない。
違うと何故言えないのだろう。
敵ではないと、言えばもしかしたら争わずにすむかもしれないのに。
タタタタタタ
走る音がする。
友達になれたかもしれないのに。
独りじゃなくなったかも知れないのに。
ブオッ!
殺気を感じる。
恐らく、レンが剣を振ろうとしている。

「――――あ」

目を開く。
目の前が真赤く染まった気がした。

「ああ、ああああ!!」

何かが体の中で弾けた。
高揚感。それは空を漂う雲のように。自分の体が嘘のように軽い。
ドン!
レンの剣が空を斬り、地に刺さる。
宙に舞う体。
レンは追うように跳ぶ。
そこは逃れることの出来ない空間。

「終わりね。」

レンが言う。
視界が歪む。相変わらず赤い視界。意識が無くなりそうになりながら、必死に保つ。

「っ!」

刃が迫る。
あぁ・・・人生の終わりってこんなものか。
など思い諦め目を閉じた。
あんなに軽かった体が重い。
意識が落ちそう。これが死ぬということなのかな。

「―――だ!」

誰かが何か言っている。誰かなどというのは変か。ここに居るのは僕とレンなのだから。
聞こえるレンの声は、驚きと怒りが混ざっている。
なぜ、怒ってるんだろう。
敵を斬り。勝利をしたのに。怒る理由はどこにある。

「きさ――――た!」

聞き取ろうと意識を傾ける。
意識が無くなりそうになりながら。彼女の言葉へと集中する。

「何故、生きている!!」

などと、とんでもない言葉が聞こえた。
こんなにも意識が混濁して、意識もなくなりかけているのに。 生きてる?
ほとんど感覚の無い手を、動かし体にさわる。

「・・・?」

足も動かす。
おかしい。斬られ地に伏してるわけではない。
逃れることの無い空間で剣を振られ、生きてる術も無かったのに、僕は立っていた。
体の感覚もほとんど無いが、おそらく怪我もしていないだろう。

「貴様、何者だ・・・。」

レンは再び言った。

『私はレヴァ』

自分の声でないものが、その場に響く。

『はじめましてレン。そして―――』

意識が朦朧としている。意識を保つのももはや限界。

「ニゲテ。」

意識が落ちる前、無意識にこの口が開いた気がした。

続く
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